2015年8月10日

今日の音楽:Michael Jackson『Bad』

 
車でよく音楽を聴く。今日は、

Michael Jackson『Bad』。
1987年8月31日)

説明不要、名曲揃い。
このアルバムから5曲連続でシングル全米NO.1に輝いたとか。
作詞作曲をほとんどマイケル自身が手がけているのも、改めてスゴイ。

「Liberian girl」好きだなあ。
ミュージック・ビデオも良かった。

1987年リリースと言えば、
The Beastie Boys 『LICENSED TO ILL 』
も同年か……

大衆音楽が、文化的パワーを持つ時代だった。








2015年8月5日

剣道の稽古見学


昨晩、剣道の稽古を見学してきた。
地元で最も大きな道場で、48名の有段者が会員になっている。

私は小2から小6まで、そこで剣道を習った。
中学と高校では学校の剣道部に所属し、その後約20年のブランクを経て、また最初の道場で稽古したいと考えている。
いわゆるリバ剣(リバイバル剣道)というやつだ。
大人になっても大人の戦い方で続けられるところが、剣道の大きな特徴だ。

週3回、大人の部は20時から約1時間。
地稽古中心のようだ。



2015年8月4日

カラオケでのノド


カラオケで高音を出すノドの力み の「残存」を瞑想で解消。


ノドへの力のかかり方、

その時の部屋の様子、

流れていた音楽

周りの人と話したこと

心境、


その時の活動に付随する感触を思い起こしてみる。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚。
はじめは個々に。
最終的には同時並行で。




2015年7月30日

今日の音楽:Linkin park 『Meteora』


よく車でCDを聴く。
ダウンロードをしない主義。
ジャケットデザインに込めた意図も感じたいのと、年月と共に色褪せる「モノ」としての存在感も大切だから。

久しぶりに聴いた、
Linkin park 『Meteora』
2003年3月24日 Warner Bros. Records
懐かしい。

「感情を持った工業製品」とでも言うような、強靭さと儚さが同居する音。
当時のバンドのアイデンティティを高度に昇華していると思う。
今日の気分にはしっくりきた。

近年の方向性はビジュアルを含めて微妙である。
U2のパクリのように感じてしまう。

名盤紹介Linkin park – Meteora 一瞬に込めたこだわり。




2015年7月27日

うつ病と仕事2


うつ病になってから初めの約7年、満足な対策法を持たずに過ごした。
これは私の「知識」「判断力」「行動力」の不足による。
その間に様々な損失があり、それに対する無念さはあるが、そうなるより仕方がなかったという納得もまた大いにある。


瞑想を始めて3年経ったが、やりようによってもう少し早く回復させられたように思う。
私が苦戦した理由は、考えるに以下の2つだ。
瞑想を早い時期に始めなかった
仕事を休まなかった

もっと早くから瞑想に取り組めば症状をこじらせすぎず、混乱した部分の解消にとられる時間が少なかったろうと思う。

また、仕事を休まなかったために回復が遅れたことも明白だ。
休める状況にあれば休むべきだ。(しかしこの「休める状況にあるか」の判断は難しい)
少し良かったのは、「仕事ができない自分」に直面することで危機感を維持でき、病気と闘う意志をキープできたことだろうか。
しかし言うまでもなく諸刃の剣であるので、おすすめまではしない。



うつ病と仕事1


職場に着くなり同僚に言われる。
「white-greyさん、○○ありませんけど?」
準備することになっていた物品を、出し忘れた。

こういうのでいちいち凹んではいけない。

うつ病では「気にしない」ことが大切で、これもくり返し自分に言い聞かせることで「上達」する。

Q:病気だからといって開き直っても良いのか?
A:ぜんぜん良い。

うつ病との戦いでは「人目を気にしない」技術は必須だ。
ムリして働けという意味ではないのだが、その技術は実地訓練で最も上達することもまた事実だ。



2015年7月25日

医者通い


うつ病になってから私が訪ねた医者は、皆どこかが変だった。
やたらと説教してきたり、のらりくらり薬を変えるだけだったり。
このままやって治ることなどあるはずがない、と思わされるところばかりだった。

あえて率直に言うが、彼らは病気のこと・患者のことを何も分かってはいないだろう。
それでも商売が成り立つ。
業界そのものが、依然としてあまりにも発展途上だからだ。
高度なことを誰も語れない。
技量の優劣を問われる場が皆無なのだ。

田舎ゆえのこともあろう。
しかし、おそらく都会も含め、現在われわれ患者には有益な選択肢があまりに少ない。
医者に通うのをやめて数年経つが微塵の後悔もない。
この領域において、良い医者と出会いは、奇跡的幸運の下にしか起こらないと思っている。