2017年5月26日

全身体操 


瞑想の効用をなるべく小さい労力で実現する。
その方法を、少しずつだがずっと考えている。

最近うすうす「体の動かせる部分すべての小さな体操」だけでいいのでは、とも思い始めている。

* * * * *

「体の、動かせる部分すべての小刻みな運動」…
例えば頭部だけでいえば、

眉毛を上げ下げできる、
まぶたは開け閉め、
眼球はタテ・ヨコ・回す、という風に動かせる、
鼻は鼻孔の開け閉め、
口の開け閉め、アゴの左右の運動、
舌を出したり引っ込めたり、横に動かしたり。
首は倒したり、回したり、振ったり。
眉間、鼻の頭?表情筋全体を動かす。

といった具合に、「動かせる箇所」をぜんぶ、軽く動かす。

力むのは良くなくて、「大きく」や「速く」は意識しない。

関節、筋肉、いろいろ全部やるのはもちろんかなりの手間だが、一番近道な気がする。




2017年5月20日

Phantom


人間には「やりたいこと」なんてない。

責務に囲まれなければ真っ直ぐに立てず、

娯楽に引っ張られねば前へ進めない。


2017年5月12日

今日の音楽:Tahiti 80 『Fosbury』


車でよく音楽を聴く。

今日は
Tahiti 80 『Fosbury』
  (2005年)

「好き」なアルバムや「思い入れがある」アルバムが、「長年聴ける」アルバムとは限らない。
この作品は、思い入れはさほどでないが長年好んで聴いている。

重くなく、軽すぎず。
ほどよく洒落た良盤だ。











2017年4月21日

最大の理解者


自分が本当に欲しいものをプレゼントしてくれるのは

自分である。

他の人には分からない。



2017年4月14日

当たり前すぎること


あらゆる物事に、大きくかつ複雑に「偶然」が介在している。
明確に比較できるものは一つとして無い。

同じゴールに到った者同士でも、スタートは異なる。
当然より遠い所・低い所からスタートした方がエライ。
しかし誰がどこから歩いてきたか知りようがないし、歩き方にも天性のセンスが介在する。
すなわち比べる場も術もないのだ。

しかしそれでも、否、だからこそ人は何かに向かって努力すべきだ。
その方が、価値ある経験ができるから。
そうすることで人生の醍醐味を味わえるからである。

知るべきは「人を見下すのは本来おかしい」ことと「人に嫉妬する必要はない」ことの2点。
見下しも嫉妬も、それらをバネとして使いたい人が好んで使っているだけの活力剤だ。
とくに内容的に適正なものではない。


ところでだが、一般的に上記のような思考はタブーだ。
タブーと言うか、自他の双方から見て甘えのように感じられがちで、あまり使いどころがない。
しかし、「病人になったらとるべき」思考は、案外そのようなものの中に多いとしばしば感じる。

「立ち位置」を定める能力がフッ飛ぶのが「心の病」で、それに陥ると本当にいろいろな事を一から考えさせられる。
これまで当たり前すぎて気に留めていなかったこと、何度もきいて知っているつもりだったこと、そういう中から改めて大切さに気付くことが多く、あらためて座右の銘になったりもする。

それほど世の中が、そこで生きる者達に色んなことをすっ飛ばして前進することを強いている世界であることの表れかもしれない。



2017年4月7日

仕事をラフに


うつ病的な人は、仕事の業務を「軽視」すべきだ。
業務に対する愛が欠如してよい。

それを不誠実に感じても、心配いらない。
病的な人が気遣いをずいぶん減らしたとしても、一般人よりはそれでも多い。

非礼をして回れというのではない。
心の中の感触の話である。



2017年3月24日

ラッションドローイングペン 寺西化学工業


白いボディの筆記具はつい買ってしまう。
ドローイングペン。通称ミリペンか。
0.2と0.3。

書き味も素晴らしいです。