2018年9月25日

急がずに


急がずに急ぐ

休まずに休む

止まりながら動くような、

不断の均質。




2018年8月6日

美の終着地


「年齢よりも若く見える」が好きでない。

おっさんというべき年齢ならば 見たからにおっさんであればいい。

明らかに若ぶったのは勿論、この人いくつなんだろう?と問いを抱かせるのもナシだ。
訊けば雰囲気どおりの年齢、ついでに言えば周りに馴染んで目立たない。
そのような、目に入ってこないような障りの無さこそ「品」であり「美」だ。

ノイズを発しない。
ノイズは、余計なものを捨てないために生じる。

見え方だけの問題ではない。
言動などについても同様だ。


2018年7月10日

自分にできること


人は「能力」というものをほとんど持たない。
「環境」と「本能」によって作られた「スタイル」を有するだけである。

人にはそれぞれ「能力」があり、それを拡大することで物事や人生を切り開いていく、そうかつての私は思っていた。
しかし多少長く生きてつくづく思うのは、人には「スタイル(=我流)」があるだけだということ。

なるべく広い視野を持つよう努めた時も、最大限に慎重になろうとした時も、
最終的な判断を下したのは「我流のスタイル」だ。
人はそれしか使えない。

スタイル形成に大きな影響を与えたのはやはり「環境」である。
たまたま放り込まれた環境によって、運命的支配を受けていく。
そのそれぞれの環境で生き延びるため(=本能)に身につけていく処世術の集積こそが
「その人」を形作っていく。

みんなのヒーローにはなれない。そんなものは居ない。
それを誰もがどこかで悟り、言わば「誰かのヒーロー」を目指すことを新たな目標にしていく。

私は私になるだけである。
私がすることは、どんなに小さなことも「私にしかできないこと」で
私の全ての言動には私の人生の集約されている。
人はそれぞれが尊く、レベルの差などない。

「能力」についての幻想が解け、それと同時に
人間は丸ごと尊いということが分かった。




2018年6月29日

「ありがとう」の前に「うれしいな」



人に何かをしてもらった時、礼を言うべき状況だから言うのではない。
嬉しいから、自然に感謝の言葉に出る。

ありがたいと「思う」前に、うれしいと「感じる」。
「とるべき行動」を考える前に、自分がどう感じているか確かめる。


どんな時も、自分の心の声にしっかり寄り添いたい。



2018年5月18日

無題


世界中さがしても、完璧な人間はいない。

むろん私の回りにも。

完璧でない私が、完璧でない人達から少しずつ手を差し出してもらい、力を借りてきた。

実のところ感謝しかない。

今日また恰好つけずに頑張りたい。



2018年5月16日

野山


なにか「良い感じのもの」を探して、毎日、一日じゅう野山を駆け回った 

しかし一度も町へ下りなかった。


2018年5月9日

拾い上げる言葉。


目の前にぶら下げてもらったニンジンを追いかけ、手に入れたかどうかについての物語。
そこからは心を動かされない。

自らの凡庸さを受け入れただけ、止まりの物語も同様だ。

踏み抜いてはいけない薄氷を踏み抜いた者、
その言葉の中にしか聞くべきものを見い出せなくなってしまった。