2017年7月28日
バカは風邪ひかない
「バカは風邪ひかない」と言われるが、私は風邪をひいたバカを何度も見たことがある。
けれども、やはり「滅多に風邪をひかない」という人に出くわすと、たしかに所謂バカっぽいタイプであることが多い。
バカは風邪ひかないわけじゃないが、風邪ひかない者はやっぱりバカかもしれない。
免疫が強い者は風邪をひきにくい。
免疫の強さは、性格のポジティブさに概ね比例する。
ポジティブな人ほど風邪を引きにくい、
ポジティブというのは、バカっぽい「視野の狭さ」と同源のものだ。
そしてちなみに、それはエリートと呼ばれる者たちにも思いのほか多い性質である。
2017年7月21日
病気の姿を把握する
人間を「 心が正常で健康な人」と「それ以外」とに分けると、
前者は「深く考えない時間の最大化」、後者は「発散対象さがし」にほとんどの時間を割いている。
すなわち健康な状態の人間は「大したことを考えない」。
「面倒は避け、いまある快適さをなるべく継続させてくれる人や物事と関わろう」くらいしか頭にない。
病気の何が問題かと言えば、「自分の行動に自信が持てず悩ましいこと」と「身体的苦痛」であって、行動の「良し・悪し」ではない。
乱暴に言えば、健康とは行動の表面がよかろうが悪かろうがそれを「気にしない」状態のことである。
同じ社会で生きる者同士、価値観や習慣がすべて逆転するなどといったことは起こりようがなく、かなりの部分が共通する。また健康人にも不合理・無意味な行動はある。
そもそも人間は誰もが(健康か否かによらず)極めて曖昧な存在だ。
健康と不健康とを分けているのは、実際のところ思考習慣の一部である。
過大な自己嫌悪や失望などせぬよう、問題は正確に(そして出来るだけポジティブに)把握したい。
2017年7月14日
今日の音楽: Robert Glasper『Black Radio』
車でよく音楽を聴く。
今日は
ロバート・グラスパー『Black Radio』
(2012年)
ヒップホップ寄りのジャズ。
耳障りな音がなく流して聴きやすい。
ただしお洒落すぎて時々殴りたくなる。
昔からそうだが、私はジャズ全般を好きになりきれない人種のようだ。
12曲目、なんか聴き覚えあると思ったらニルヴァーナのスメルズライク~です。
2017年7月7日
たなぼたに便乗すな
美男美女がお洒落をするのを見ると、偶然美しく生まれたのを良いことにポイントを更に稼ごうとする行為に思えてしまう。
嫌悪まではしないが、ある種のモヤモヤ感を抱いてしまう。
労せずに「持っていく」盗っ人、という認識。
念のため言っておくと、私は他人に嫉妬するほど不細工ではない。
嫉妬せずに済む程度の不細工である。
2017年6月30日
自分を好く
心の健康のためには、自分を嫌ってはいけない。
自分の心にに逆らうことになる。
自分の左手に「左手さん」と名付けてみた。
日常的にしばしば視界に入る、私の左手。
右利きの私にとって右手よりも少し出番が少ないけれども、よく見慣れた左手。
その辺の見知らぬ人と、この「左手さん」、どちらが好きか?
私は「左手さん」の方が少し好きだ。
そこらの他人よりも私は「左手さん」が好きである。
日頃世話になっている、何しろ自分の手だ。
無論、「右手さん」も「左手さん」と同様、
「足さん」「背中さん」も同じだ。
私はけっこう自分が好きだ。
* * * * *
自分でさえが、自らを批評しがちである。
能力や容姿などについて、専ら欠けている部分に注目して、あーだこーだ、ああなりたいこうしたいと、願望を抱く。
自分が既に出来ることについては、こき使って当たり前とばかりに、労いもしない。
何かが出来ると言うことは、なんであれ素晴らしいことだというのに。
私達は、根本的には自分のことを好いている。
自分がとても嫌いだと思っていた頃さえ、思い返せばそう変わらない。
自分に期待し、心配し、応援しようと思っていないならば「嫌いだ」などとわざわざ思わない。
好きでもない自分に落胆もしない。
もし何かで傷つき、自分を嫌いだと思いそうになったら、そんな苦境に立ち向かってる自分はエラいと思うようにしたい。
嫌うなどとんでもない。「今日も頑張っている」と褒めたい。
私達は、常に自分を心の奥底では応援している。
それを生かす。逆らわない。
積極的に応援していきたい。
2017年6月23日
働く場に求めるもの
会社に、パフォーマンスの高さに極端に高い関心を持っている人間がいる。
それ以外には目を向けない感じである。
偉い立場の人だ。
自らもその能力で出世し、能力の高さこそが人間の価値だと思っているようである。
仕事において業務遂行能力は不可欠だ。しかしその有無についてでしか人間を語れないのは悲しい。
会社の同僚というのは、縁あって同じ場に属することになった間柄だ。
絆とか仲間とか言う気は無いが、稀な縁であることは確かである。
そんな相手を「デキナイからあいつは今一つだ」なんて言っているより、出来ないことが出来るようになる、正しく学べる、そういう環境を全員が目指していることのほうが価値がある。
できる・できないへの評価はあって然るべきだ。
大切なのは「今日も得るものがあった」と思える会社になっているかということだ。
人を見て学びたいと思う。感謝したいと思う。
私が会社の偉い人なら、そういう環境づくりに向かっている者を高く評価する。
何だかんだ言っても仕事に関わる時間は長い。
その時間を納得いくものに近づけて、生活の効用を高めていきたいものだ。
会社の同僚というのは、縁あって同じ場に属することになった間柄だ。
絆とか仲間とか言う気は無いが、稀な縁であることは確かである。
そんな相手を「デキナイからあいつは今一つだ」なんて言っているより、出来ないことが出来るようになる、正しく学べる、そういう環境を全員が目指していることのほうが価値がある。
できる・できないへの評価はあって然るべきだ。
大切なのは「今日も得るものがあった」と思える会社になっているかということだ。
人を見て学びたいと思う。感謝したいと思う。
私が会社の偉い人なら、そういう環境づくりに向かっている者を高く評価する。
何だかんだ言っても仕事に関わる時間は長い。
その時間を納得いくものに近づけて、生活の効用を高めていきたいものだ。
2017年6月16日
最強の瞑想法
「最強の〇〇」とかありがちな本のタイトルのようになってしまったが、瞑想愛好家としての私の見解を述べさせてもらうと
ネット、スマホと縁を切ること
が最強の瞑想法だ。
実行すれば、生活の瞑想的・マインドフル度合いが間違いなく劇的に向上するだろう。
と、私もネット上で述べているわけだけれども。。。
ネット・スマホは心の健康上とにかく有害だ。
世の中の全員が真剣に瞑想の修行をするなどし、一丸となって心の健全さ・豊かさを追求する時代になっても、ネット・スマホが残っている限りほとんどの努力は台無しになり続けるだろう。
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