2016年10月28日
潮目
全身に満ちる「身体感覚」。
つま先……胴体や首……頭……指先……各関節……
われわれが「心」と捉えるものは、この身体感覚を統合して感じているものだ。
その全身の並行した身体感覚には潮目のような偏りがあり、強い・弱い、加速するところ・止まってしまうところ、等がある。
そのバランスが人それぞれなのだ。
潮目、とそのようにこの全身の感覚を海にたとえるなら、その海面には、潮目の偏りに連動して視覚や音の「イメージ」が顔を出す。
言わば「雑念」やら「感情」やらだが、それらのイメージが、人それぞれの潮目のパターンに従って現れたり潜ったり、ループしたり、淀んで留まったり、順序を入れ替えたり…など独自の動き方をして、「その人」の性格やセンスを形成している。
潮目が偏りすぎると、イメージを健全・効果的にコントロールすることが出来なくなる。
例えば、思考力や記憶力の低下、性格の歪み、身体機能や運動センスの低下、などが起こったりする。
そういった潮目の偏り過ぎを矯正し、内面をシンプルな状態にしようというのがマインドフルネスだと思う。
2016年9月30日
無常の内の私とネコ
「人間は何のために存在するか」に絶対的な答えはない。
「運命に意味はあるか」も同様で、ただその運命はその運命だというだけだ。
また、最もスケールの大きい事実が終着点とは限らない。
私たちは「世界全体」ではなく、その中の単なる「人間」であるので、その在り方を考える際には常に「人間に何が必要か」という視点が不可欠だ。
とある天才ネコが、「なぜボクは生きるのだろう、ネズミなぞ反射的に追いかけ、何の意味があるのか」と思い悩んで何日もエサも取らずに弱っているとする。
それに対してどんな言葉をかけるだろうか。
きっと「君はエサを捕まえて誇らしい気持ちを味わい、元気に走り回っているといい。君にはそれが必要なんだ。君はネコで、そういう風に出来ているのだから。」と伝えるしかないだろう。
ネコはネコでいいのである。それ以上でもそれ以下でもなく。
ネコはありのままで十分に可愛いくカッコ良く、つまり完成されているのだ。
人間はどうだろう。
高尚な価値観を見据えて目の前の活力の元に手を伸ばさず、部屋の中で息絶え絶えになっている者がいたら。
人間とネコとは違う?いや違わないはずである。
あくまで人間は、人間という生き物である。
われわれは「概念」や「神様」ではないわけで、あくまで「人間」としての満たされるべき性(さが)を持っている。
そしてその「人間らしさ」の中に、私たちの完成した魅力がある。
人間は比較的高い知性によって、この世界が無常であることに思い至る。
しかし、無常の内に生きるからといって無常観を最上位の概念にすえる必要はない。
無常観にとらわれて、私は大いなる回り道をした。
しかし、「世界がどのように出来ているか」と「私に必要なものは何か」は別の話だと気づけことで、今日こうして生きられている。
2016年9月2日
2016年8月19日
時間が空いたら、何もしない。
仕事やらつき合いやらで忙しい日々が続き、キツかった。
ようやく解放されてきた。
近年の夏はいつもこんな具合である。なんとかならぬものか。
いつまで経っても夏が好きにならない。
「何もしない時間」を私は最も欲している。
時間が空くとつい「あれがしたい」「これも出来る」と考えるが、
そうやってると常に先のことばかり考えた「すき間のない」生活になってしまう。
私には「何もしない」時間が要る。
だから時間が空くと、「待ってました」とばかりに「何もしない」。
何でもやれそうな時こそ、何もしない。
そういう時が最もゆっくり休める。
2016年7月15日
2016年7月1日
相手の目を見て話す法
相手の目を見て話すのが得意でなかった。
いつの頃からか、相手の顔のどこにどのくらい視線を注ぐべきか迷うようになってしまった。
一方、ふとした瞬間にしっかり相手の目を見ている自分に気づいたりもする。
そんな状況で長年きていてのだが、先ごろ解決方法を見つけた。
相手の「片目を見る」のである。
相手の顔を自然に見ている時の自分がそうしていることに気づいた。
迷いだしてからは相手の「両目」を見ようとしていたように思う。
「片目」に焦点を合わせるてみと、相手の顔全体の表情もよい加減で視野に入ってくる気がする。
周りの人を観察してみると、やはり片目をみているように見える。
右目・左目を交互に見たりもしているようだ。
2016年6月24日
パンツ(スラックス)
このごろ股上が浅いパンツが多い。
一時期よりはマシと思うが。
股上の浅いボトムスは長時間のデスクワークには不向きだ。
腰回りの様々な箇所に力がかかり、窮屈きわまりない。
最強(履き心地)ボトムスの条件
・ 股上深め
・ タック入り
・ ウエストゴム(イージーパンツ)
オッサンのパンツやないかい!という声が聞こえてきそうだが、
仰るとおり、オッサンのパンツはさすがに理にかなっている。
ジャージではアレだし、やむを得まい、やはりオッサンパンツか…
と思いきや心配は無用。
今の世の中はイージー仕様のオシャレパンツが今はけっこうある。
トレンドだろうか。
ありがたいことである。
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